走れトモノ

「ああ、トモノ様。」うめくような声が、風と共に聞えた。
「誰だ。」トモノは走りながら尋ねた。
「フィロストラトスでございます。貴方が敬慕する宇城はやひろ様の後輩でございます。」その若い男も、トモノの後について走りながら叫んだ。
「もう、駄目でございます。むだでございます。走るのは、やめて下さい。もう、『駆逐艦本』をお買い求めになることは出来ません。」
「いや、まだ“砲雷撃戦よーい!! 12戦目”は終わらぬ。」
「ちょうど今、あの本が完売になるところです。ああ、あなたは遅かった。おうらみ申します。ほんの少し、もうちょっとでも、早かったなら!」
「いや、まだ“砲雷撃戦よーい!!”は終わらぬ。」トモノは胸の張り裂ける思いで、東京ビッグサイトばかりを見つめていた。走るより他は無い。
「やめて下さい。走るのは、やめて下さい。いまはご自分のお命が大事です。あの方は、あなたを信じて居りました。『戦艦本』が売り切れても、平気でいました。来場者が、さんざんあの方をからかっても、トモノは来ます、とだけ答え、強い信念を持ちつづけている様子でございました。」
「それだから、走るのだ。信じられているから走るのだ。間に合う、間に合わぬは問題でないのだ。人の命も問題でないのだ。私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいものの為に走っているのだ。ついて来い!フィロストラトス。」
「ああ、あなたは気が狂ったか。それでは、うんと走るがいい。ひょっとしたら、間に合わぬものでもない。走るがいい。」
  言うにや及ぶ。まだ“砲雷撃戦よーい!!”は終わらぬ。最後の死力を尽して、トモノは走った。トモノの頭は、からっぽだ。何一つ考えていない。ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて走った。『駆逐艦本』は、人々の手にわたり、まさに最後の一冊も、売り切れようとした時、トモノは疾風の如く会場に突入した。間に合った。
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   ――太宰治走れメロス」(※)

「走る」といったらこれしかないだろう、というぐらい有名な作品をパロディにしてみました。別に友人(セリヌンティウス)が処刑されるわけではありませんが、国際展示場駅から「砲雷撃戦よーい!!」会場へ行くときの心境はメロスそのものでした。もしかしたら目当ての『駆逐艦本』が完売しているのではないかと思いましたが(勿論それは一介のファンとして喜ぶべきことですが)、幸い数冊残っていました。
帰りの電車で読みましたが、わかりやすくて面白い本でした。『ロボット三等兵』(前谷惟光)で「敵軍の魚雷が近づいているのをロボット三等兵が発見する」という描写がありますが、あれは空気魚雷だったのか……などと、『駆逐艦本』を読みながら勝手に納得していました。
宇城はやひろさん、このたびは本当にありがとうございました。艦船に疎い人間ゆえ、繰り返し読ませていただきます。
※ 上述のとおり、パロディです。原典は、「青空文庫」を参照しました(http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card1567.html